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東京高等裁判所 昭和59年(ラ)8号 決定

抗告人 全税関労働組合横浜支部 ほか一〇三名

相手方 国

主文

本件抗告を棄却する。

理由

一  本件抗告の趣旨及び理由は別紙即時抗告理由書(写し)記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

当裁判所は、本件抗告は理由がないものと判断するが、その理由は、左記のほかは原決定理由中の第二当裁判所の判断(ただし一の1を除く)に説示するところと同一であるからこれを引用する。

1  同六枚目表末行の「右同」以下九枚目表一行目の「されたとして、」迄を次のとおり改める。

「右乙号各証は、相手方が組合を除くその余の抗告人らの個々の非違行為を立証するために提出したものであることは、証拠申出の趣旨からして明白であるところ、右乙号各証は、横浜税関の管理職にある者が職務上の監督責任に基づき現認した抗告人ら(組合を除く)の非違行為を上司に報告するため作成した文書(以下、これを「元の文書」という)から、訟務官田中左千男が抗告人ら以外の者の氏名部分を黒く塗りつぶす方法で除外して写し作成した文書自体を、原本として提出したものであり、且つ、文書として独立した意味内容を有するものであることは、その体裁と内容からして、認めることができる。かかる場合、民訴法三一二条一号でいう相手方が訴訟で引用した文書とは、訟務官田中左千男が作成した文書であつて、右文書作成のもととなつた元の文書は右にいう引用文書に当るものではない。従つて、」

2  原決定九枚目表三行目「次ぎに」以下一〇枚目表八行目末尾迄を次のとおり改める。

「次ぎに抗告人らは、申立の趣旨1記載の文書すなわち元の文書が民訴法三一二条三号後段の文書に当るとして、その提出命令を求めるが、たとい元の文書中抗告人らに関する記載部分が右法条号後段にいう文書に当るとしても、前記のようにその部分を写して作成された乙号各証が既に相手方から提出されており、該文書がその体裁からして、元の文書の形式、内容を如実にあらわしていると認められる以上、更に元の文書の提出を求める特段の必要性は認められない。抗告人らは乙号各証は元の文書のうち抗告人ら以外の者の氏名部分を黒く塗つて除外しているから、右除外部分の記載のある元の文書が挙証上必要であると主張するようであるが、右除外部分は抗告人らと相手方との間の法律関係につき作成されたものとは到底認められないから、右除外部分のあることを理由に本件文書提出命令の必要性を肯定することはできない。」

3  原決定一一枚目表二行目から六行目の全文を削除する。

三  よつて、原決定は結局相当であるから、本件抗告を棄却することとし主文のとおり決定する。

(裁判官 田中永司 宍戸清七 岩井康倶)

抗告の趣旨

原決定を取消す。

相手方は、

1 相手方が別紙目録記載のとおり乙号証として提出した現認書、報告書、その他の類の一部を黒く塗りつぶし「抄本」と称して提出したものについての、塗りつぶされる前の原本たる文書

2 右の外、横浜税関の職員の組合活動や非違行為などについて、昭和五五年六月一日から同四九年三月三一日までの間に同税関職制などにより作成された現認書又は報告書の類で未だ書証として提出されていない一切の文書

を提出せよ、

との裁判を求める。

抗告の理由

民事訴訟法第三一二条一号「引用文書」該当性について

1 原決定は、別紙文書目録記載の文書の原本(以下原決定にならい「元の文書」という。)について、提出命令を求めるところの元の文書は、形式上は、一個の文書であつても、抗告人ら(但し抗告人組合を除く)と除外された者らに関する各個人別の数個の文書であると認めることができるとし、相手方によつて書証として提出されたのは元の文書のうち抗告人らに関する部分のみであるから、除外された者らに関する文書は未だ提出されず、訴訟において引用されたものではないと決めつけ、民事訴訟法三一二条一号に該当しないとした。

2 しかし、右論旨は法律論として全く成り立たないばかりか、世人の常識からすら遠く離れた極めて特異な所論と言わざるを得ない。

一個の文書であるか数個の文書であるかの判断基準は、まずもつて作成名義人の如何である。形式上は一個の書面に記載されてあつても、作成名義人が異なれば、それは作成名義人毎の数個の文書である。

次に、作成名義人が同一であつても、偶々、同一の書面に相互に何ら関係のない数個の別異の事項が記載されてあるような場合、その事項毎に数個の文書とみるべき場合があることも否定できない。

3 しかし、本件元の文書は、いかなる点から検討しても、これを数個の文書と解する余地はない。

まず、本件元の文書は、いずれも、それぞれ同一の作成名義人(現認者あるいは報告者)の作成によるものであることは争いなく、原決定もその点について異を唱えているものではない。一人の作成名義人で形式上一個の文書であるから、問題となるのは記載内容のみである。

本件元の文書は、原決定も認める如く、横浜税関の管理職職員が、職員の非違行為を現認した際人事管理(成績考課も含む)の必要上から作成したものである。そこでまず、その作成目的が限定され、記載内容も非違行為(より厳密に言えば、現認者が非違行為に該ると考えた行為)に限定されているのである。

元の文書のなかに、右以外の目的をもつて、右以外の事項は記載されていない。つまり記載内容は、非違行為という枠内の行為しかないのであり、それ以外の別異な事項が記載されているものはないのである。

しかも、提出済の墨で塗られた乙号証を詳細に検討すれば判るように例えば○月○日の抗告人組合主催の集会に、職員A、B、C……が参加したという類のものである。要するに○月○日の組合主催集会に、複数の組合員が参加しているという一個の事実あるいは逆に複数の組合員が参加した○月○日の組合主催集会があつたという一個の事実が作成者の思想の表現としてそこに記載されているのである。これをして、記載されてある各人A、B、C……毎の文書であるとする論理は何処からも出てこない。

4 原決定は、「形式上は一個の書面であつても記載内容が数個の別異の事項を含むものであるときはその事項内容毎に分けられた数個の文書であるとみるべき場合もある」という一般論から即本件について「本件元の文書は、申立人らと除外された者らに関する各個人別の数個の文書であると認めることができる。」と結論づける。

その間に、本件の記載内容に即した具体的検討もなく、説明ひとつない。原決定が指摘するところの一般論があり得ることを否定するものではないが「一般論としてあり得る」ことと「本件がそうである」こととの間には距離がある。距離を埋めるのが論理である。原決定には論理がない。結論だけである。

一人の作成名義人、形式上一個の文書、通常なら一個の文書と推定されるべきところを、その推定あるいは原則を破るのであるから、そこに何がしかの説明が為されてこそ裁判である。原決定はそれを為さず、いや前述したような記載内容であるところから為し得なかつたのであろう。

5 原決定は、相手方が昭和五八年六月三〇日付補充意見書で引用した東京地裁昭和五七年六月二五日決定(判タ四七六号)に全面的に依存したもののようである。

右決定自体、結論においても、また文書の一部を書証として提出することが許されるという問題と文書の一部を秘匿した場合の文書全体に関する文書提出命令の問題とは本来全く別次元の問題であるにも拘らず、これを同一視ないし混同する誤りを犯しているのであるが、それはとりあえずおいといても、右決定は本件と明白に事案を異にし、かつ、右決定の論旨でいつても本件の場合は原決定と結論を異にする結果になるはずである。

6 右決定の事案は、文書の一部の抜粋であり、書証説明書によれば、文書の内容の目次が示してあり、目次のなかで立証上無関係の事項を除外しただけのものである。一事項のなかの一部を秘匿したものではない。ちようど厖大な書籍の一部を抜粋して書証として提出するというのと同趣旨の事案である。本件は同一事項(例えば○月○日の集会参加という事項)のなかの一部を秘匿したもので、とても「抜粋」と呼べる事態ではない。立証上無関係な事項を除外して「抜粋」したのと、立証上重要な意味をもつ事項の一部の秘匿とは、同一視できるものではない(特に抗告人らの反証にとつては、極めて重要な位置を占めることは、原審申立人昭和五八年五月二六日付意見書三二~三八頁で指摘した通りである)。本件は、右決定とは事案を異にし、右決定は本件の先例とされるべきものではない。

更に、右決定は、結論を導くにあたり「当該文書の他の部分と一体不可分であるとか、あるいはこれと一緒でなければ意味内容が不明で証拠として採用できないものであるとか、ことさら裁判所の判断を誤らせるような抜粋がされているのであれば格別」との条件を付し、この点についての具体的検討を経ているのである。かかる検討を原決定では何ひとつなしていないことは前述した。

本件書証として提出された乙号証は、現実に現認書を作成した者とは別な人間が、これに勝手に墨を塗つて別な内容をもつた文書として作成したものである。墨を塗ることにより、現認者が元々現認し、表現していた事実と全く異なる事実を新たに作出することになつてしまつた。例えば、あるとき、ある場所で行われた組合主催の集会に一〇〇名の参加者がいたとしよう。現認書には一〇〇名の具体的氏名の記載があり、客観的事実と一応合致しているとしても、これを一部九〇名について、その氏名を墨で消除したとしたら、参加者一〇名の集会に変つてしまう。要するに現認者が現認した事実と異なる新たな事実を抄本作成者が勝手に作りあげたことになつてしまうのである。

しかし、墨で塗りつぶした九〇名と、残された一〇名の双方があつてはじめて当日行なわれた集会の真実が明かとなるものであつて、これを分けたら、客観的、歴史的に存在した真実とは異なるものとなつてしまう。客観的、歴史的真実を担保する意味では、両者は一体不可分であり、一緒でなければ、意味内容が変つてきて、ひいては真実が不明となるのである。正に右決定のいう条件にピツタリ当てはまる。

ここに白と黒のシマ馬が一頭いる。これを描いた絵や写した写真の白の部分に、墨を塗る。その後にこれをゼロツクスでとれば、そこにはシマ馬はいない。黒馬が一頭いるのみである。歴史的真実としてシマ馬が存在し、しかもシマ馬の存在を証明する資料を自ら持つていながら、黒馬しか存在しないという外形を作り出し、裁判所に判断をあおぐ、これが、裁判所の判断を誤らせるおそれのあること誰の目にも明かである。

以上、原決定が依つたと思われる東京地裁昭和五七年六月二五日決定とは本件は事案を異にし、更に右決定の論旨でいつても本件元の文書を各個人毎の別異な文書と断ずべき根拠はない。

7 以上あらゆる観点から検討しても、本件元の文書をそこに記載されてある各人毎の別異の文書と解すべき余地はない。従つて、元の文書は全体として文書として、一個であり相手方は、本訴訟において、その大半を(秘匿がほんの一部である)、書証として提出し、これを引用しているのであるから、元の文書が、民事訴訟法三一二条一号にいう引用文書に該ること明かである。原決定はこの点明白な誤りを犯している。

二 民事訴訟法三一二条三号後段「法律関係文書」該当性について

1 原決定は、民事訴訟法三一二条三号後段にいう法律関係文書とは、

「挙証者と所持者との法律関係それ自体を記載した文書に限らず、その法律関係の全部又は一部に関係のある事項を記載した文書もこれに含まれるものと解される」としたうえで、「右規定が同号前段にいう『挙証者ノ利益の為ニ作成』された利益文書の規定と併記されていること、更には文書提出命令が発せられると文書の所持者は当該文書を提出することを制裁をもつて強制されていることに鑑みると、文書提出命令の対象となる法律関係文書といい得るためには挙証者と所持者との法律関係の発生、変更、消滅等の事実を明らかにする目的をもつて作成された文書であることを要し、それ以外に他の目的のために作成されながら偶々右のような事実を明らかにし得る記載がなされているに過ぎないような文書は前記条項の法律関係文書には該当しないものというべきである。」とこれを極端に狭く解釈する立場にたつた。

2 法律関係文書を、原決定のように、記載されてある内容ではなく、作成目的によつて規定するというのは、判例上前例をみない特異な独自の所論といわざるを得ない。法律関係文書の解釈について、判例学説はこれを広く解する傾向にあることは、原審申立人昭和五八年五月二六日付意見書一七頁以下に、判例を詳細に援用しながら指摘した通りである。

特に、原決定の作成目的による規定については、右意見書でも指摘したが、東京高裁昭和五三年一一月二一日決定(判タ三八〇号、判時九一四号)が、次のようにこれを明確に否定している。

法律関係に「付き」作成されたとは、「特定の法律関係の『ために』作成されたもの、即ち当該文書が挙証者と所持者との法律関係の発生、変更、消滅等を規制する目的のもとに作成されたものに限られず、このような法律関係の発生、変更、消滅の基礎となり又はこれを裏付ける事項を明らかにするために作成された場合も含まれる」

右見解は、次に指摘されるような現代型紛争事件の処理の観点から、極めて妥当かつ正当なものである。

「現代社会においては、国または公共団体のような行政主体たると、私企業たるとを問わず、これらの法主体の行政活動、事業活動は、その企画・立案の段階から、事業遂行過程、その活動の結果に至るまで、すべて文書に作成され、記録されるのが常態である。したがつて、かかる事業活動・行政活動の適否をめぐつて、あるいは、それらの活動の結果から、当該事業主体・行政主体と第三者との間に紛争が生じたときは、その解決のための訴訟において、事業活動を記録した文書が、証拠として重要な役割を果すことは見やすい道理である。ところが、かかる文書は、その性質上、事業主体・行政主体の掌中にあり、第三者にはその内容すら分からないのが原則である。つまり、現代型紛争事件の重要部分を占める、企業活動や行政作用が一般消費者や地域住民に対し、経常的に与える一定の不利益の除去・防止をめぐつて、企業主体・行政主体と消費者・地域住民との間に生ずる紛争事件において、いわば構造的に証拠の偏在という事態が存するのである。したがつて、この種の事件においては、この偏在した証拠を、両当事者が対等に利用しうる手段が用意されていなければ、訴訟における当事者対等の原則は、実質的には貫かれないこととなる。文書提出命令は、訴訟当事者がみずから所持していない文書を強制的に訴訟の場に顕出させるために利用しうる、わが現行法上認められたほとんど唯一の手段であり、したがつて、右のような紛争事件においては、この文書提出命令に、当事者の実質的対等を回復させる手段としての役割が期待されるのは、むしろ自然のことといえる。」(竹下守夫・野村秀敏「民事訴訟における文書提出命令(一)」判例評論二〇四号二頁)

本件についても、問題となつている抗告人らの賃金、職位についての決定については、法律によつて規定され、使用者としての国の評価ないし査定が混入する余地のない部分(例えば、定期昇給額等)はともかく、それ以外(例えば、特別昇給させるか、昇任させるか等)の決定においては、国が評価、査定し、その為の全ての資料を相手方である国が独占し、訴訟外においてはこれまでその決定に当つて用いたはずの資料についてはこれを一切公開しないばかりか、特昇、昇任、昇格しない理由について口頭による説明すらなされていなかつた。本件訴訟提起後も当初の段階においては、ことは同様であつた。

この点に関する相手方手持資料の一部がはじめて提出されたのが、別紙文書目録記載の乙号証をはじめとする現認書、報告書の類である。

もし、右提出において、本件の如く、自己の勝手な判断で、自己の主張の有利な部分のみを明らかにし、不利あるいは不要であると判断した部分は秘匿し、しかも、これに対し他方当事者から、その秘匿を明らかにする手段が奪われるとなると、証拠の偏在、独占という、元々ある当事者間の不平等を、是正するどころか更に拡大する結果を生み出してしまう。

3 原決定がとる、「作成者の作成目的による規定」という立場は、証拠を独占している側の主観的な目的意思によつて、法律関係文書であるか否か決されるというのであるから、実質的な当事者間の平等を図る制度としての文書提出命令は、全く形骸化してしまう。公正をむねとすべき法の許容せざるところであり、原決定の右論旨は明らかに誤まつている。

4 次に原決定は、右誤まてる論旨を前提に、本件元の文書につき、「かかる見地に立つて本件をみるに、前掲乙号各証は、その文書の内容から横浜税関の管理職職員が同局職員である申立人ら(申立人組合を除く)の非違行為を現認した際人事管理の必要上から作成した同税関固有の内部文書であつて、申立人らと相手方との間の法律関係を明らかにする目的をもつて作成された文書でないことは極めて明白なところである。」と断定している。

しかし、「管理職職員が、職員の非違行為を現認した際人事管理の必要上から作成した」ことが何故に即「法律関係を明らかにする目的をもつて作成された文書ではないことは極めて明白なところ」になるのか、何の説明もなく、皆目判らない。ここでも原決定は結論のみで理由を何ひとつ明らかにしていないと言わざるを得ない。

5 むしろ、素直に解釈すれば、逆な結論即ち、本件元の文書は「法律関係を明らかにする目的で作成された文書である」ということに帰着せざるを得ない。以下その理由を述べる。

相手方は「人事管理の必要上から作成した」ものであることを認め、原決定もその前提に立つ。右「人事管理上の必要上」を今少し具体的にすれば、抗告人ら労働者に付与すべき賃金及び職位等労働条件を適正に決定する必要上、あるいは懲戒処分を適正に発令する必要上ということである。それ以外に仮りにあつたとしても、主たる側面は右二つの事項である。

ところで、抗告人らと相手方にとつて、賃金、職位の決定及び懲戒処分の発令は、両者間の労働契約という法律関係の正に発生、変更、消滅の事実そのものである。昇任すれば、新たなる地位の法律関係が「発生」し、特別昇給すれば賃金の法律関係が「変更」し、免職処分にでもなれば法律関係は「消滅」するのである。

相手方自身が、本件元の文書に記載されてある記載内容を、抗告人らの勤務成績、昇任、昇格、特昇の選考に影響を及ぼすことを目的にし、選考の際参考とする為にこそ本件元の文書を作成させているのである。

6 ところで、本件訴訟は、昇任、昇格、特昇の場面で、抗告人ら全税関労組に所属する組合員が、その余の職員(第二組合員)との間で、相手方国の不当労働行為意思に基づく差別取扱いを受け、賃金上の格差が生じたことを捉えて、相手方国の不法行為であるとして損害賠償を求めているものである。

右損害賠償請求権の存否は、第一に賃金上の格差があるのか、第二にその格差が不当労働行為に基づく違法なものかという二点の判断によつて決せられる。右第一点については相手方は格差の存在は争わない(被告準備書面(三))というのであるから、争点は唯一右第二点に絞られているのである。これに関して格差はあつても合理的な理由があるとして主張されたのが、いわゆる組合活動を中心とした個別アラ探しの事実である。そして、右事実を立証するとして提出されたのが、別紙文書目録記載の乙号証をはじめとする現認書あるいは報告書である。

正に当事者で問題となつている法律関係につき作成されたものであることを相手方は前提として提出したものである。しかも、作成の目的も、職員の賃金及び職位の決定について、これを明確にする参考資料とすることにあつたものである。相手方国の立場でいうなら、元々本件元の文書は、本件訴訟で争点となつている法律関係即ち損害賠償請求権の存否に関し、これが存在しないこと即ち、賃金及び職位の決定に違法はないことを明らかにすることを目的として作成されたものなのである。原決定のいう「法律関係の発生、変更、消滅等の事実を明らかにする目的をもつて作成された文書」以外の何物でもない。

7 以上原決定は、民訴法三一二条三号後段「法律関係文書」の解釈につき、これを極端に狭く解釈するという誤まりを犯しているのと同時に、仮りに原決定の右誤まてる論理を前提にしても、本件元の文書は、法律関係文書に該当すること明らかである。

8 尚、法律関係文書の判断につき、前述した当事者の実質的対等を回復させる手段としての役割が期待されていることを考慮すると、本件元の文書の抗告人らの立証活動上の意味も含め、これを検討する必要がある。

住宅・都市整備公団家賃増額訴訟において、公団に対し、収入分析表、公租公課収支表の文書提出命令を発した横浜地裁昭和五七年一一月二六日決定は、文書提出命令を発した各文書は「本案訴訟における反証活動にとつて一定の重要性を持つた証拠である」とし、この点をも勘案して法律関係文書であると判断した旨説示している。けだし、正しい指摘である。かかる観点からみるとき、本件訴訟において、墨塗り秘匿部分に第二組合員の氏名の記載があり、これが明らかになることは、差別性の判断のうえで極めて重要な意義を有することになり(原審申立人昭和五八年五月二六日付意見書三六頁以下に詳細に指摘してある)、「抗告人らの反証活動に多大の重要性をもつた証拠」であること明らかである。

よつて、この点からも、本件元の文書は、法律関係文書に該ると言わねばならない。

三 抗告の趣旨第二項の文書の文書としての特定性について

原決定は、抗告の趣旨第二項2の文書につき「文書の表示について特定を欠く不適法なもの」として却下した。

しかし、右文書についても、作成者の地位、作成目的、記載内容、作成期間等特定されており、しかも本件元の文書でその例示がなされているのであるから、文書の表示としては十分であり、これを不適法として却下した原決定は誤まつている。

四 以上で明らかなとおり、抗告の趣旨第二項記載の各文書は、民訴法三一二条一号の引用文書であり、かつ、同三号後段の法律関係文書であるから、抗告の趣旨記載の裁判を求めるため本申立に及ぶ次第である。

当事者目録 <略>

別紙目録 <略>

〔参考〕第一審決定(横浜地裁 昭和五七年(モ)第三八三九号 昭和五八年一二月八日決定)

主文

申立人(原告)らの本件文書提出命令申立てを却下する。

理由

第一申立人ら(原告ら、以下「申立人ら」という。)の申立て

一 申立ての趣旨

相手方(被告、以下「相手方」という。)は

1 相手方が別紙目録(一)記載(ただし文書提出命令申立書((文書提出命令申立補充書を含む。))に記載の乙号証証拠番号には明らかに誤記と認められるものと、提出されていない番号のものがあるので、前者については正しい番号に訂正し、後者については申立てがないものと解して別紙目録(一)から削除した。)のとおり乙号証として提出した現認書、報告書、その他の類の一部を黒く塗りつぶし「抄本」と称して提出したものについての、塗りつぶされる前の原本たる文書

2 右の外、横浜税関の職員の組合活動や非違行為などについて、昭和三五年六月一日から同四九年三月三一日までの間に同税関職制などにより作成された現認書又は報告書の類で、未だ書証として提出されていない一切の文書

を提出せよ。

二 文書の表示及び趣旨

1 申立ての趣旨1の文書

相手方が乙号証として申立人らの組合活動の事実について職制などの作成にかかる現認書や報告書などで申立人ら以外の者の氏名部分を黒く塗りつぶして「抄本」と称して提出したその黒く塗りつぶす前の原本たる文書

2 同2の文書

横浜税関の職制が申立人ら及び申立人ら以外の横浜税関の職員の組合活動や非違行為などについて、昭和三五年六月一日から同四九年三月三一日までの間に作成した現認書、報告書の類の一切の文書

三 文書の所持者

相手方

四 証すべき事実

1 申立ての趣旨1の文書

相手方主張の非違行為を行つたのは申立人らだけではなく第二組合員にも同様の行為をした者が多く存在する事実

2 同2の文書

相手方のいう非違行為を行つたのは1以外にも多数存在する事実

五 文書提出義務の原因

1 申立ての趣旨1の文書

(一) 民訴法三一二条一号

相手方は一部を黒く塗りつぶしたものを「抄本」と称して乙号証として提出していることにより右「抄本」の原本たる文書の存在、内容が引用されているので民訴法三一二条一号に該当する。

(二) 同条三号後段

相手方は、申立人らが非違行為をしたことが昇給、昇格の遅れをもたらし格差の生じた原因であると主張しているので、申立人ら以外の職員らにも同様の行為があつたか否かが重要な争点となるところ、前記「抄本」の原本にはその点が記載されていることは確実であるから、申立人らと相手方との間の法律関係のある事項を記載した文書であり、民訴法三一二条三号後段に該当する。

2 同2の文書

右と同様、他の職員らにも申立人らと同様な行為があつたか否かが本訴における重要な争点の一つであるので、その点が記載されている申立ての趣旨2記載の文書は、申立人らと相手方との間の法律関係のある事項を記載した文書であり、民訴法三一二条三号後段に該当する。

第二当裁判所の判断

一 申立ての趣旨1記載の文書について

本件記録を検討してみると、右申立てにかかる文書のうち、別紙目録(二)記載の乙号各証については、申立人ら主張の「黒く塗りつぶされた部分」の存在することは認められないから、右乙号各証が「抄本」なる名称の下に提出されてはいるけれども原本そのままを写した文書であると認めることができる。したがつて、「黒く塗りつぶされる前の原本たる文書」の提出命令の発付を求める申立人らの申立ての趣旨に鑑みると、右原本の提出を求める申立てはその必要性を欠くものというべく、これが却下は免れない。

また、別紙目録(三)記載の乙号各証の抹消部分は、その前後の記載からみて申立人らの発言中に挙げられ、もしくは申立人ら着用のゼツケン、プレート等に記載された他人の氏名であると推認することができるところ、申立人らが本件申立てにおいて提出を求めているのは申立人ら以外の者の活動を記載したところの文書であるから、右の文書はいずれも申立ての趣旨からみて提出を求める必要性のない文書というべく、よつてこれが提出を求める申立ては却下すべきものである。

2 そこで別紙目録(一)記載の乙号各証の中から同目録(二)及び同目録(三)記載の乙号各証を除いた残りである同目録(四)記載の乙号各証の文書の原本に関する提出命令の申立てについて判断する。

(一) まず、申立ての趣旨1記載の文書が民訴法三一二条一号に該当するか否かについて勘案するに、右同号の「当事者カ訴訟ニ於テ引用シタル文書」というのは、提出を求められた文書の所持人である相手方が口頭弁論期日又は準備手続期日における弁論において直接当該文書の存在及び内容を引用した場合のみならず、証拠を援用することによつて間接的に当該文書の存在及び内容を引用することとなつた場合、例えば提出した書証の中で当該文書が引用され、もしくは証言又は当事者本人尋問の結果中においてその文書の存在及び内容が顕現されているときに、口頭弁論において右証言又は本人尋問の結果を援用した場合(もつとも、嘱託尋問等の場合を除いて証拠調の結果については特に当事者の援用行為を要しないから、正確には右証言等が口頭弁論に上程された場合といい得よう。)をも含むものと解すべきである。そこで本件についてこれをみるに、右乙号各証は、相手方が組合を除くその余の申立人らの個々の非違行為を立証するため提出したものであることは証拠申出の趣旨からして明白であるところ、右乙号各証は、横浜税関の管理職にある者が職務上の監督責任に基づき現認した申立人ら(申立人組合を除く。)の非違行為を上司に報告するため作成した文書から訟務官田中左千男が申立人ら以外の者の氏名部分を黒く塗りつぶす方法でこれを除いて(以下右方法によつて除かれた部分を「除外部分」という。)作成、提出した文書であることは、右乙号各証の体裁からして窺い知ることのできるものである。かかる場合、右乙号各証作成のもととなつた文書(以下「元の文書」という。)は、形式の上では一個の書面となつているところから本来証拠調の対象となるべき「原本」は元の文書であり提出された文書はその「抄本」である(民訴法三二二条三項参照)ように考える向きもあるかも知れないが、しかし形式上は一個の書面であつても記載内容が数個の別異の事項を含むものであるときはその事項内容毎に分けられた数個の文書であるとみるべき場合もあるのであつて、本件乙号各証は、前記のとおり除外部分が申立人ら以外の者の氏名であることからすると、本件元の文書は、申立人らと除外された者らに関する各個人別の数個の文書であると認めることができる。そうであれば、相手方が本訴訟において申立人らの非違行為を立証するため証拠を提出するにあたり、元の文書のうちの申立人ら以外の者の氏名を黒く塗りつぶしたのは、元の文書中の申立人らに関する文書のみを提出する意思であり(相手方においても右乙号各証の提出にあたりその旨陳述している。)、且つ、現実に提出されたのも右文書のみであつたもので、除外された者に関する文書は提出されず、また、訴訟において引用されたものでもないと認めざるを得ない。すなわち、相手方の本件乙号各証の提出を捉えて、相手方が本件訴訟において元の文書全部を引用したものであるとみることはできないのである。

したがつて、申立人らの非違行為と黒く塗りつぶすことによつて除外された者らの非違行為を記載した文書を一個の文書であるとみて前者の部分を証拠として提出した以上後者の部分も訴訟において引用されたとして、元の文書の提出を求める申立人らの申立ては失当として排斥を免れない。

(二) 次ぎに、申立ての趣旨1記載の文書が民訴法三一二条三号後段にいう「挙証者ト文書ノ所持者トノ間ノ法律関係ニ付作成セラレタルトキ」に該当するか否かについて按ずるに、右条項にいう法律関係文書とは、挙証者と所持者との法律関係それ自体を記載した文書に限らず、その法律関係の全部又は一部に関係のある事項を記載した文書もこれに含まれるものと解されるのであるが、右規定か同号前段にいう「挙証者ノ利益ノ為ニ作成」された利益文書の規定と併記されていること、更には文書提出命令が発せられると文書の所持者は当該文書を提出することを制裁をもつて強制されていることに鑑みると、文書提出命令の対象となる法律関係文書といい得るためには挙証者と所持者との法律関係の発生、変更、消滅等の事実を明らかにする目的をもつて作成された文書であることを要し、それ以外に他の目的のために作成されながら偶々右のような事実を明らかにし得る記載がなされているに過ぎないような文書は前記条項の法律関係文書には該当しないものというべきである。

かかる見地に立つて本件をみるに、前掲乙号各証は、その文書の内容から、横浜税関の管理職職員が同局職員である申立人ら(申立人組合を除く。)の非違行為を現認した際人事管理の必要上から作成した同税関固有の内部文書であつて、申立人らと相手方との間の法律関係を明らかにする目的をもつて作成された文書でないことは極めて明白なところである。

したがつて、民訴法三一二条三号後段を根拠とする申立人らの主張もまた失当たるを免れない。

二 申立ての趣旨2記載の文書について

文書提出の申立てには文書の種類、作成者、作成年月日、内容等を明確にして提出を求むべき文書を特定することを要するものである(民訴法三一三条一号)ところ、申立人らのなす文書の表示は、「横浜税関の職制が申立人ら及び申立人ら以外の横浜税関の職員の組合活動や非違行為などについて、昭和三五年六月一日から同四九年三月三一日までの間に作成した現認書、報告書の類の一切の文書」というものであつて、文書の種類についてはとも角も作成者、作成年月日、内容等について具体的な記載はなく文書の特定に由なきものであるから、申立人らの申立ては文書の表示について特定を欠く不適法なものといわざるを得ない。

のみならず申立人らにおいて提出を求めている文書は、申立ての内容からみて前示一の2の(二)において説示したと同様の横浜税関管理職職員が人事管理の必要上作成した固有の内部文書であることは明らかであるから、民訴法三一二条三号後段に該当しないものである。

したがつて、申立人らの右文書に関する提出命令の申立てはいずれにしても却下さるべきものといわなければならない。

三 以上のとおり、申立人らの本件文書提出命令申立てはすべて失当であるからこれを却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 安國種彦 山野井勇作 佐賀義史)

別紙目録 <略>

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